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公開 2025/12/12 07:12
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ギタリストMIYAVIが語る「音楽の未来」。成田悠輔との対談から見えた5つの衝撃的な真実
音楽の未来を思うとき、期待と不安が入り混じった奇妙な感覚に襲われるのは、私だけではないだろう。テクノロジーは音楽をどう変えるのか? これからの時代、アーティストは何を目指すべきなのか? そんな漠然とした、しかし根源的な問いに対するヒントが、世界的ギタリストMIYAVI氏と経済学者の成田悠輔氏による刺激的な対談の中に散りばめられていた。この記事では、二人の対話から浮かび上がった、音楽の未来を読み解く上で特にインパクトの強い「5つの真実」を深く掘り下げていきたい。
1. 音楽の本質は「祈り」であり「セックス」である
「音楽とは何か?」という根源的な問いに、MIYAVI氏は「祈りですね」と即答する。彼は、歌っている時、祈っている時、そしてセックスしている時には、非常に近い脳波が出ているのではないかと推察する。言葉だけでは伝えきれない感情や想いが、音の周波数に乗ることで初めて人の心に届く。それは、古来から人々が唱えてきたお経や祈りの言葉がメロディを持つのと同じ原理なのかもしれない。
成田氏が「何千何万の人がなんか一つの生命体になるみたいな感じがある」と相槌を打ったように、音楽には個々の人間を瞬時に繋げ、巨大な一体感を生み出す魔法のような力がある。この音楽が持つ根源的なエネルギーこそ、どれだけ時代が変わろうとも揺るがない本質だとMIYAVI氏は語る。
歌ってる時ってなんだろうな祈ってる時とかうんあとはあるセックスしてる時うんに近いうん脳波が出てるんじゃないかなって思うんですね。
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その根源的な力が、今まさにテクノロジーという新たな奔流とぶつかり合い、アーティストとファンの関係性そのものを変えようとしている。
2. テクノロジーが「ステージを低く」し、アーティストは偶像から友人へ
テクノロジーの進化は、アーティストとファンの関係性を根本から変えつつある。かつて、エルビス・プレスリーやマイケル・ジャクソンのように、ファンが「あ、かっこいい、ああなりたい」と見上げる「偶像」だったアーティスト。しかしMIYAVI氏が指摘するように、SNSや配信技術の進化によってステージは限りなく「低く」なり、アーティストはまるで「隣に座ってる友達」のような存在へと変化しているのだ。
憧れよりも共感が価値を持つ時代。完璧なパフォーマンスよりも、不完全でも「共感を得たりする」コンテンツが人の心を掴むようになった。この変化は、故・坂本龍一氏のARライブの事例にも象徴されている。観客が自由に歩き回り、演奏する坂本氏を真上から覗き込むこともできるその体験は、ステージと客席という物理的な境界線すら溶かしていく未来を予感させる。
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アーティストとの境界線が溶けていく一方で、テクノロジーは音楽そのものに、より逆説的な未来をもたらそうとしている。
3. アーティストは「不老不死」になるが、新しい音楽は「生まれにくく」なる
テクノロジーは、アーティストに「不老不死」という新たな可能性を与えた。2パックがホログラムでライブを敢行したように、故人がステージに蘇ることも可能になり、過去の偉大なカタログ(遺産)の価値はますます高まっている。MIYAVIが提示するこの逆説は、現代の音楽産業が抱える根深いジレンマを浮き彫りにする。それは「新しい音楽が生まれにくくなる」という創造性のジレンマだ。
音楽の歴史が積み重なった結果、シンプルなメロディは過去の誰かがすでに使ってしまっている。彼が挙げる具体例は、あまりにも分かりやすい。「『ジャッジャッジャー』って弾いちゃうと、もうあの『スモーク・オン・ザ・ウォーター』になっちゃうから」。過去の名曲との酷似を避けるため、作り手はどんどん音楽を複雑化させざるを得ないのだ。
ドレミもう1回使っちゃったらも著作権であの訴えられちゃうからやっぱドミ例にしないといけなかったりするだからどんどんどんあの複雑になっていくんですよね
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音楽創造の未来という壮大な話から、一度、全てのロックの原点ともいえる楽器そのものに目を向けてみよう。そこには、もっと身体的で直感的な真実が隠されている。
4. ギターの格好良さは「不健康さ」と共存する
なぜ私たちは、ギターを弾く姿を「格好いい」と感じるのか。MIYAVI氏はこの問いに対し、ユニークな視点を提示する。一つは、キース・リチャーズやプリンスといった偉大な先人たちが圧倒的に格好良かったから。そしてもう一つは、ギターを弾く姿勢そのものが持つ「不健康さ」にあるという。
「これはタバコとか、あのジャンクフードにも通じるんですけど、体に悪いんすよ」。ギターを構える姿勢は本質的に非対称(アシンメトリー)で、体に負担をかける。MIYAVI氏は、その少し「悪いもの」、体に良くない部分にこそ、人が惹かれる魅力が潜んでいると分析する。ニルヴァーナのようにギターを低く構えるスタイルからキャリアを始めても、最終的にはビートルズのように高い位置で構えるのが最も持続可能だという彼のユーモアは、ロックの美学と身体性の関係を見事に言い当てる。「これが1番サステナブル、SDGsなんすよね」。
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そのギターという西洋の楽器を手に、MIYAVI自身はどのようにして世界と対峙してきたのか。彼の代名詞である奏法のルーツには、日本人としての深いアイデンティティが刻まれていた。
5. MIYAVIのスラップ奏法は「三味線」と「日本人の狂気」から生まれた
MIYAVIの代名詞である、ピックを使わずに弦を叩きつけるように弾くスラップ奏法。その誕生には、世界で戦う日本人ギタリストとしてのアイデンティティの模索があった。西洋の楽器であるギターを、日本人である自分が弾く意味とは何か。彼はその答えを、日本の伝統楽器「三味線」のスタイルに見出したのだ。
ベーシストのチョッパー奏法にインスパイアされつつも、その根底にあるのは「一発にかける強さ」。MIYAVI氏が日本人の本質として挙げる「狂気とホスピタリティ」という二面性、そして剣道や相撲にも通じる一瞬の爆発力。それが彼のサウンドの核となっている。ピックでは決して出せない、弦を叩きつけることで生まれる鋭くパーカッシブな音は、世界と戦うための彼の哲学そのものが音になったものなのだ。
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結び:まとめ
音楽の本質は「祈り」のように根源的でありながら、その表現形態と享受の仕方はテクノロジーによって劇的に変わり続けている。アーティストは偶像から友人になり、創造性は過去の遺産との闘いを強いられる。MIYAVI氏と成田氏の対談が描き出したのは、そんなスリリングで矛盾に満ちた音楽の未来像だった。
伝説のアーティストがホログラムで蘇り、隣の友人がTikTokでスターになる時代。音楽の形がどれだけ変わろうとも、その核心にある「祈り」にも似た魂の震えだけは、きっと変わらないのだろう。そんな確信を胸に、私たちは自らに問いかける。あなたにとって「音楽」とは、これからどんな存在になっていくのだろうか?
音楽の未来を思うとき、期待と不安が入り混じった奇妙な感覚に襲われるのは、私だけではないだろう。テクノロジーは音楽をどう変えるのか? これからの時代、アーティストは何を目指すべきなのか? そんな漠然とした、しかし根源的な問いに対するヒントが、世界的ギタリストMIYAVI氏と経済学者の成田悠輔氏による刺激的な対談の中に散りばめられていた。この記事では、二人の対話から浮かび上がった、音楽の未来を読み解く上で特にインパクトの強い「5つの真実」を深く掘り下げていきたい。
1. 音楽の本質は「祈り」であり「セックス」である
「音楽とは何か?」という根源的な問いに、MIYAVI氏は「祈りですね」と即答する。彼は、歌っている時、祈っている時、そしてセックスしている時には、非常に近い脳波が出ているのではないかと推察する。言葉だけでは伝えきれない感情や想いが、音の周波数に乗ることで初めて人の心に届く。それは、古来から人々が唱えてきたお経や祈りの言葉がメロディを持つのと同じ原理なのかもしれない。
成田氏が「何千何万の人がなんか一つの生命体になるみたいな感じがある」と相槌を打ったように、音楽には個々の人間を瞬時に繋げ、巨大な一体感を生み出す魔法のような力がある。この音楽が持つ根源的なエネルギーこそ、どれだけ時代が変わろうとも揺るがない本質だとMIYAVI氏は語る。
歌ってる時ってなんだろうな祈ってる時とかうんあとはあるセックスしてる時うんに近いうん脳波が出てるんじゃないかなって思うんですね。
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その根源的な力が、今まさにテクノロジーという新たな奔流とぶつかり合い、アーティストとファンの関係性そのものを変えようとしている。
2. テクノロジーが「ステージを低く」し、アーティストは偶像から友人へ
テクノロジーの進化は、アーティストとファンの関係性を根本から変えつつある。かつて、エルビス・プレスリーやマイケル・ジャクソンのように、ファンが「あ、かっこいい、ああなりたい」と見上げる「偶像」だったアーティスト。しかしMIYAVI氏が指摘するように、SNSや配信技術の進化によってステージは限りなく「低く」なり、アーティストはまるで「隣に座ってる友達」のような存在へと変化しているのだ。
憧れよりも共感が価値を持つ時代。完璧なパフォーマンスよりも、不完全でも「共感を得たりする」コンテンツが人の心を掴むようになった。この変化は、故・坂本龍一氏のARライブの事例にも象徴されている。観客が自由に歩き回り、演奏する坂本氏を真上から覗き込むこともできるその体験は、ステージと客席という物理的な境界線すら溶かしていく未来を予感させる。
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アーティストとの境界線が溶けていく一方で、テクノロジーは音楽そのものに、より逆説的な未来をもたらそうとしている。
3. アーティストは「不老不死」になるが、新しい音楽は「生まれにくく」なる
テクノロジーは、アーティストに「不老不死」という新たな可能性を与えた。2パックがホログラムでライブを敢行したように、故人がステージに蘇ることも可能になり、過去の偉大なカタログ(遺産)の価値はますます高まっている。MIYAVIが提示するこの逆説は、現代の音楽産業が抱える根深いジレンマを浮き彫りにする。それは「新しい音楽が生まれにくくなる」という創造性のジレンマだ。
音楽の歴史が積み重なった結果、シンプルなメロディは過去の誰かがすでに使ってしまっている。彼が挙げる具体例は、あまりにも分かりやすい。「『ジャッジャッジャー』って弾いちゃうと、もうあの『スモーク・オン・ザ・ウォーター』になっちゃうから」。過去の名曲との酷似を避けるため、作り手はどんどん音楽を複雑化させざるを得ないのだ。
ドレミもう1回使っちゃったらも著作権であの訴えられちゃうからやっぱドミ例にしないといけなかったりするだからどんどんどんあの複雑になっていくんですよね
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音楽創造の未来という壮大な話から、一度、全てのロックの原点ともいえる楽器そのものに目を向けてみよう。そこには、もっと身体的で直感的な真実が隠されている。
4. ギターの格好良さは「不健康さ」と共存する
なぜ私たちは、ギターを弾く姿を「格好いい」と感じるのか。MIYAVI氏はこの問いに対し、ユニークな視点を提示する。一つは、キース・リチャーズやプリンスといった偉大な先人たちが圧倒的に格好良かったから。そしてもう一つは、ギターを弾く姿勢そのものが持つ「不健康さ」にあるという。
「これはタバコとか、あのジャンクフードにも通じるんですけど、体に悪いんすよ」。ギターを構える姿勢は本質的に非対称(アシンメトリー)で、体に負担をかける。MIYAVI氏は、その少し「悪いもの」、体に良くない部分にこそ、人が惹かれる魅力が潜んでいると分析する。ニルヴァーナのようにギターを低く構えるスタイルからキャリアを始めても、最終的にはビートルズのように高い位置で構えるのが最も持続可能だという彼のユーモアは、ロックの美学と身体性の関係を見事に言い当てる。「これが1番サステナブル、SDGsなんすよね」。
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そのギターという西洋の楽器を手に、MIYAVI自身はどのようにして世界と対峙してきたのか。彼の代名詞である奏法のルーツには、日本人としての深いアイデンティティが刻まれていた。
5. MIYAVIのスラップ奏法は「三味線」と「日本人の狂気」から生まれた
MIYAVIの代名詞である、ピックを使わずに弦を叩きつけるように弾くスラップ奏法。その誕生には、世界で戦う日本人ギタリストとしてのアイデンティティの模索があった。西洋の楽器であるギターを、日本人である自分が弾く意味とは何か。彼はその答えを、日本の伝統楽器「三味線」のスタイルに見出したのだ。
ベーシストのチョッパー奏法にインスパイアされつつも、その根底にあるのは「一発にかける強さ」。MIYAVI氏が日本人の本質として挙げる「狂気とホスピタリティ」という二面性、そして剣道や相撲にも通じる一瞬の爆発力。それが彼のサウンドの核となっている。ピックでは決して出せない、弦を叩きつけることで生まれる鋭くパーカッシブな音は、世界と戦うための彼の哲学そのものが音になったものなのだ。
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結び:まとめ
音楽の本質は「祈り」のように根源的でありながら、その表現形態と享受の仕方はテクノロジーによって劇的に変わり続けている。アーティストは偶像から友人になり、創造性は過去の遺産との闘いを強いられる。MIYAVI氏と成田氏の対談が描き出したのは、そんなスリリングで矛盾に満ちた音楽の未来像だった。
伝説のアーティストがホログラムで蘇り、隣の友人がTikTokでスターになる時代。音楽の形がどれだけ変わろうとも、その核心にある「祈り」にも似た魂の震えだけは、きっと変わらないのだろう。そんな確信を胸に、私たちは自らに問いかける。あなたにとって「音楽」とは、これからどんな存在になっていくのだろうか?
