「下宿屋」も「賄つき」も、遠い昔のことに
公開 2026/03/24 00:00
最終更新
-

小生が金沢に越して来たのは、1970年代後半の某年4月初めでした。犀川沿いの閉業した元旅館の下宿屋で、金沢での学生生活がスタートしました。
下宿屋と言っても大家さんが一緒にいるわけでなく、また賄いもなく、自炊設備もなく、正真正銘「下宿するだけ」でした。入学時は6畳9000円の部屋、その後同じ下宿屋の中で転居を繰り返し、卒業時は4畳半5000円の部屋でした。逆出世魚って感じです。
友人のK君は、美大のそばの「賄いつき下宿」でした。普通の家でしたが空き室に学生を下宿させていた感じでした、朝食と夕食はこの家のおばちゃんがつくっていたようですが、朝飯、晩飯をきちんと下宿屋で食べたのは、たぶん入学直後くらいまでだったのではないかな。
クラスの友人で、アパートに住んでいた奴は誰もいなかったと思います。みんな普通の家を下宿屋に転用したようなところに住んでいたと思う。なので風呂は町の銭湯利用ですが、その頃は金沢には銭湯が本当にたくさんありました。当時、入浴料は150円位だったでしょうか。
「下宿屋」も「賄い」も、耳にすることがなくなって久しい言葉ですね。まあそうやって半世紀前の思い出を懐かしむってのは、まぎれもなく高齢者の仲間入りってことですかね。
