楽しめるからやる。
公開 2026/03/30 21:00
最終更新
2026/03/30 21:57
今朝、図書館から借りている長田弘の詩集から詩を写した。
耳の聴こえがよくない。年々悪くなっている気がする。人間は耳で音を聞く時、自分で思うよりもたくさん脳が活動しているという。だから、そこが悪くなると、脳の刺激が減ってしまうことになり、認知症リスクが上がってしまうらしい。
といっても、病院行って治るもんじゃない。補聴器という選択肢しかないだろう。補聴器がメガネレベルで買えるのなら補聴器でいいが、めちゃくちゃ高い上に壊れやすいという。もう耳は諦めるしかない。
さて、このハンデをどう埋めればよいか。
ChatGPTにきいてみる。
食事、運動はできていて、難聴による不利は、視覚(読む・書く)言語(歌づくりなどの表現)論理(数学)の別経路で十分に補完できている状態で、現在の行動は適切であり、聴こえの不利はすでに補えていると言われた。微調整するなら「思い出す習慣」だけ追加するとよいと。
やったこと3つ書く日記を普段つけているが、それは悪くないらしい。そして、このブログも多分いい。
一応、Geminiにもきいてみた。AIひとつで判断して安心するのは危険な気がして。そしたら、設定と使い方の問題で、ChatGPTの方が私の理解が深いのと内容が濃いが、結論としては、ほぼ同じような感じだった。
それでいちばん最初に戻るが、視写も対策にとてもいいということで、久しぶりにやってみたのだ。見て軽く覚えて写すを繰り返す作業。目も脳も手も使う。ただ写しているだけの簡単作業で、脳を使っている気がしないんだが、意外と働いてくれているらしい。もう少し頻度を増やそうかと思う。毎日やるつもりでいて、できなくてもいいくらいのゆるさで。どんないいことでも、楽しくなければ続かないから、楽しめないものは無理にやろうとしなくていいというのが、ChatGPTの考え方でもある。継続できることをやる。ほかの選択肢がなく、やらなければならないことならば、できる仕組みづくりからとなる。でも、写すのは好きだから問題ない。読書も数学も歌づくりも、ただ楽しいからやっているに過ぎないが、対策になるのなら、このままずっとゆるく続けて行こうと思う。
ー令和8年3月30日(月)
耳の聴こえがよくない。年々悪くなっている気がする。人間は耳で音を聞く時、自分で思うよりもたくさん脳が活動しているという。だから、そこが悪くなると、脳の刺激が減ってしまうことになり、認知症リスクが上がってしまうらしい。
といっても、病院行って治るもんじゃない。補聴器という選択肢しかないだろう。補聴器がメガネレベルで買えるのなら補聴器でいいが、めちゃくちゃ高い上に壊れやすいという。もう耳は諦めるしかない。
さて、このハンデをどう埋めればよいか。
ChatGPTにきいてみる。
食事、運動はできていて、難聴による不利は、視覚(読む・書く)言語(歌づくりなどの表現)論理(数学)の別経路で十分に補完できている状態で、現在の行動は適切であり、聴こえの不利はすでに補えていると言われた。微調整するなら「思い出す習慣」だけ追加するとよいと。
やったこと3つ書く日記を普段つけているが、それは悪くないらしい。そして、このブログも多分いい。
一応、Geminiにもきいてみた。AIひとつで判断して安心するのは危険な気がして。そしたら、設定と使い方の問題で、ChatGPTの方が私の理解が深いのと内容が濃いが、結論としては、ほぼ同じような感じだった。
それでいちばん最初に戻るが、視写も対策にとてもいいということで、久しぶりにやってみたのだ。見て軽く覚えて写すを繰り返す作業。目も脳も手も使う。ただ写しているだけの簡単作業で、脳を使っている気がしないんだが、意外と働いてくれているらしい。もう少し頻度を増やそうかと思う。毎日やるつもりでいて、できなくてもいいくらいのゆるさで。どんないいことでも、楽しくなければ続かないから、楽しめないものは無理にやろうとしなくていいというのが、ChatGPTの考え方でもある。継続できることをやる。ほかの選択肢がなく、やらなければならないことならば、できる仕組みづくりからとなる。でも、写すのは好きだから問題ない。読書も数学も歌づくりも、ただ楽しいからやっているに過ぎないが、対策になるのなら、このままずっとゆるく続けて行こうと思う。
ー令和8年3月30日(月)
