体験
公開 2024/06/22 11:52
最終更新
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意識のベクトルがずっと自分に向いている。
自分はどういう人間なのか、どういう時に楽しい・悲しいと感じるのか、どういうときに生きがいを感じるのか、そうやってずっと内省をしながら生きていると思う。
思春期が、終わらない。
前に書いた記事で、自分は平均的な人よりも他人のことをよく考えている(思いやりに限らず)ということを書いたけど、
それは他人からどう見られているか、どう評価されているかを気にしているということで、やっぱり他人を通して自分について考えていたのだと思う。
大人っぽいと言われることも昔から多かった。
実際、中学生くらいまでは特に、同級生のことを子どもっぽいなとよく感じていた。
逆に言えば、おれはなりふり構わずはしゃぐことが苦手で、「いつもつまらなそうにしている」と見られることも多いだろう。
ずっと自分のことを考えているのに、自分という乗り物をいまだに全然上手く操縦できない。
それは、いくら自分について考えようと、探している自分がそもそも無かったからだと今では思う。
向き不向きというものは、実際にその環境に身を置いてみなければわからない。
考えてわかるものではないのだ。
会社に入ってからグループワークが絶望するほど苦手だとわかったし、
1人の時間が確保できないと知らず知らず精神が擦り減ってしまうことに気付いたし、
チラシ作りをしてみて、モノ作りは自分が熱中できる分野であり、それなりにクオリティの高いものを仕上げる事ができると知った。
身体的なこともそうだ。
筋トレを本気で始めてから、自分は太りにくい体質(代謝がいい。デメリットとしては筋量が増えづらい)であることがわかったし、
シャワーの温度を37℃に下げると肌の調子がよくなったことから思っていた以上に敏感肌であることがわかったし、
ボクシングでトレーナーからのフィードバックを受けると、身体の左右で筋力差や神経系の伝達の良さが全然違うということがわかった。
いろんなことに挑戦する時間的・精神的余裕が出てきたからこそ、今になってようやく、自分の輪郭がぼんやりと見えてきた気がしている。
昔からもっといろんな環境に飛び込んで、いろんな体験をして、いろんな人と関わっていれば、もっと早期に自分の向き不向きがわかって、強みを活かせる環境を選べていただろうな。
そして不向きと思うことでさえ、もしかしたら克服して得意に変えることすら可能だったかもしれない。特に大学4年間、あれだけ時間があったならば。
最近になって教員免許や心理士の資格取得を本気で検討している。
それらは自分が進みたい道を行く上で、持っていると非常に強力だから。
大学選びのときに今くらい視界が開けていたら、これらが取得できる大学学部を選択していただろうし、これから発生するであろう数十万円の出費も時間的コストも抑えられていたのにな。
もし学生時代の自分になにか声を掛けることができるとしたら、「考えるな、外へ出ろ!」と言いたい。
あらゆる環境に自らを放り込んで、あらゆるものに自分のセンサーを当ててみて、琴線に触れるものとそうでないものを仕分けしろと言いたい。
そして自分を外の世界へ連れ出してくれるおせっかいな他人を大切にしろと言いたい。
まあしかし、当時知らなかったことは行動に移しようがないし、過ぎたことをくよくよと考えている暇もない。
いろんな体験をするのに今からでも遅くはないし、いま自分が関わることのできる子どもたちにそういったことを伝えていきたいと思う。
あぁ、やりたいこと、たしかめたいことが多過ぎて人生の時間が足りない!
もっともっと生きたいと思うとき、幸せだ。
そのくせ時間が経ったらダラダラするし、普通に死にたいと思うときも全然あるから難しいんだよなあ、、、
大人の言うことを聞け/NakamuraEmi
もしも僕に/関取花
自分はどういう人間なのか、どういう時に楽しい・悲しいと感じるのか、どういうときに生きがいを感じるのか、そうやってずっと内省をしながら生きていると思う。
思春期が、終わらない。
前に書いた記事で、自分は平均的な人よりも他人のことをよく考えている(思いやりに限らず)ということを書いたけど、
それは他人からどう見られているか、どう評価されているかを気にしているということで、やっぱり他人を通して自分について考えていたのだと思う。
大人っぽいと言われることも昔から多かった。
実際、中学生くらいまでは特に、同級生のことを子どもっぽいなとよく感じていた。
逆に言えば、おれはなりふり構わずはしゃぐことが苦手で、「いつもつまらなそうにしている」と見られることも多いだろう。
ずっと自分のことを考えているのに、自分という乗り物をいまだに全然上手く操縦できない。
それは、いくら自分について考えようと、探している自分がそもそも無かったからだと今では思う。
向き不向きというものは、実際にその環境に身を置いてみなければわからない。
考えてわかるものではないのだ。
会社に入ってからグループワークが絶望するほど苦手だとわかったし、
1人の時間が確保できないと知らず知らず精神が擦り減ってしまうことに気付いたし、
チラシ作りをしてみて、モノ作りは自分が熱中できる分野であり、それなりにクオリティの高いものを仕上げる事ができると知った。
身体的なこともそうだ。
筋トレを本気で始めてから、自分は太りにくい体質(代謝がいい。デメリットとしては筋量が増えづらい)であることがわかったし、
シャワーの温度を37℃に下げると肌の調子がよくなったことから思っていた以上に敏感肌であることがわかったし、
ボクシングでトレーナーからのフィードバックを受けると、身体の左右で筋力差や神経系の伝達の良さが全然違うということがわかった。
いろんなことに挑戦する時間的・精神的余裕が出てきたからこそ、今になってようやく、自分の輪郭がぼんやりと見えてきた気がしている。
昔からもっといろんな環境に飛び込んで、いろんな体験をして、いろんな人と関わっていれば、もっと早期に自分の向き不向きがわかって、強みを活かせる環境を選べていただろうな。
そして不向きと思うことでさえ、もしかしたら克服して得意に変えることすら可能だったかもしれない。特に大学4年間、あれだけ時間があったならば。
最近になって教員免許や心理士の資格取得を本気で検討している。
それらは自分が進みたい道を行く上で、持っていると非常に強力だから。
大学選びのときに今くらい視界が開けていたら、これらが取得できる大学学部を選択していただろうし、これから発生するであろう数十万円の出費も時間的コストも抑えられていたのにな。
もし学生時代の自分になにか声を掛けることができるとしたら、「考えるな、外へ出ろ!」と言いたい。
あらゆる環境に自らを放り込んで、あらゆるものに自分のセンサーを当ててみて、琴線に触れるものとそうでないものを仕分けしろと言いたい。
そして自分を外の世界へ連れ出してくれるおせっかいな他人を大切にしろと言いたい。
まあしかし、当時知らなかったことは行動に移しようがないし、過ぎたことをくよくよと考えている暇もない。
いろんな体験をするのに今からでも遅くはないし、いま自分が関わることのできる子どもたちにそういったことを伝えていきたいと思う。
あぁ、やりたいこと、たしかめたいことが多過ぎて人生の時間が足りない!
もっともっと生きたいと思うとき、幸せだ。
そのくせ時間が経ったらダラダラするし、普通に死にたいと思うときも全然あるから難しいんだよなあ、、、
大人の言うことを聞け/NakamuraEmi
もしも僕に/関取花


