障害者として生まれて申し訳ありません
公開 2025/10/16 00:40
最終更新
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最近Xで高齢者や障害者に対して「生産性のないもの」と表現するポストを見かける。
要は、介護などに手間も金もかかり、介護士が足りないし、家族への負担が大きい。
またそんな人たちに回す金があるなら若い者に回せよとも。
障害を持って生まれた者としては肩身が狭いし、自分のことではないにしろ、刺さる言葉だ。
重度の知的障害の家族を持つ人の、その精神的な負担は計り知れないと思う。
でもそこで、障害者はいらないという結論にするのは早計ではないか。
しかも言ってるのは家族ではなく、それ以外の人、つまり第三者。
うちは健康で生まれて来たけどもとか、あんたに言われたくないわと思ってしまう。
結局困難が降りかかった時、弱者にしわ寄せがいってるだけで、今障害を持ってる人や高齢者を排除しても、根本的な問題解決にはならない。
つまり、社会が、福祉が充実していないために、介護や看病が家族に(ひどい時は女性1人に)のしかかっているのが問題なのであって、障害者や老人に非はないのだ。
なのに不要論を持ち出す。単細胞か。
介護が苦しくて、たとえ家族であっても死んでほしいと願ってしまうのは理解できる。
正しくなくても(正論が人を救うわけではない)。
でも他人には言われたくない。
人間が五体満足で健康に生まれたとしても、死ぬまでの間に障害を持たない保証はない。
脳が損傷したら、知的な障害を持つこともあり得る。
誰でも年を取るし、そうなれば記憶力も落ちるし、認知症にもなるかも知れないし、体力がおぼつかなくて、誰かの支えが必要になる。
障害者や高齢者不要論をかざす人は、自分はそうならないと思っているのか。
それとも重度の障害を持ち、あるいは高齢になった時、生産性がなくなったからと自ら死を選ぶのだろうか?
10年前だったか、24時間テレビで、確かドイツに住んでいる日本人女性を取材したことがあったのだが、彼女は難病を患いながら一人で暮らしていた。
大変なんじゃないかと思ったら、福祉が充実していて、介護士が複数(1人じゃないのだ)常時いて、彼女の生活を支えているのだ。
記憶が曖昧なのだが、確か費用もかからなかったはず。
随分お金持ちなんだろうと思っていたので、驚いた。
この福祉の内容をメインにすればいいのに、そこは感動ポルノと言われる24時間テレビ、日本のご両親との絆にだけ焦点を当てて、「感動」を演出していた。
日本の仕組みとどう違うのか取材して欲しかった(もしかして、そんなことされた都合の悪い人がいたのか)。
私は今は自分のことは自分でできるし、加齢でボケは来ても、知的障害は持っていない。
でもそう遠くない将来、誰かの支えが必要になってくるだろう。
その時見知らぬ誰かに、生産性がもうないんだから死ねよwとか言われるんだろうか。
死なないけど。
要は、介護などに手間も金もかかり、介護士が足りないし、家族への負担が大きい。
またそんな人たちに回す金があるなら若い者に回せよとも。
障害を持って生まれた者としては肩身が狭いし、自分のことではないにしろ、刺さる言葉だ。
重度の知的障害の家族を持つ人の、その精神的な負担は計り知れないと思う。
でもそこで、障害者はいらないという結論にするのは早計ではないか。
しかも言ってるのは家族ではなく、それ以外の人、つまり第三者。
うちは健康で生まれて来たけどもとか、あんたに言われたくないわと思ってしまう。
結局困難が降りかかった時、弱者にしわ寄せがいってるだけで、今障害を持ってる人や高齢者を排除しても、根本的な問題解決にはならない。
つまり、社会が、福祉が充実していないために、介護や看病が家族に(ひどい時は女性1人に)のしかかっているのが問題なのであって、障害者や老人に非はないのだ。
なのに不要論を持ち出す。単細胞か。
介護が苦しくて、たとえ家族であっても死んでほしいと願ってしまうのは理解できる。
正しくなくても(正論が人を救うわけではない)。
でも他人には言われたくない。
人間が五体満足で健康に生まれたとしても、死ぬまでの間に障害を持たない保証はない。
脳が損傷したら、知的な障害を持つこともあり得る。
誰でも年を取るし、そうなれば記憶力も落ちるし、認知症にもなるかも知れないし、体力がおぼつかなくて、誰かの支えが必要になる。
障害者や高齢者不要論をかざす人は、自分はそうならないと思っているのか。
それとも重度の障害を持ち、あるいは高齢になった時、生産性がなくなったからと自ら死を選ぶのだろうか?
10年前だったか、24時間テレビで、確かドイツに住んでいる日本人女性を取材したことがあったのだが、彼女は難病を患いながら一人で暮らしていた。
大変なんじゃないかと思ったら、福祉が充実していて、介護士が複数(1人じゃないのだ)常時いて、彼女の生活を支えているのだ。
記憶が曖昧なのだが、確か費用もかからなかったはず。
随分お金持ちなんだろうと思っていたので、驚いた。
この福祉の内容をメインにすればいいのに、そこは感動ポルノと言われる24時間テレビ、日本のご両親との絆にだけ焦点を当てて、「感動」を演出していた。
日本の仕組みとどう違うのか取材して欲しかった(もしかして、そんなことされた都合の悪い人がいたのか)。
私は今は自分のことは自分でできるし、加齢でボケは来ても、知的障害は持っていない。
でもそう遠くない将来、誰かの支えが必要になってくるだろう。
その時見知らぬ誰かに、生産性がもうないんだから死ねよwとか言われるんだろうか。
死なないけど。
