【書きかけ】セツティナ危機的状況回避をプロデュース!
公開 2025/08/28 15:32
最終更新
2025/08/28 15:42
セッツァー・ギャッビアーニの人生のなかで、死を覚悟するほどの危機は何度あっただろうか。
たとえば、魔大陸からの脱出に端を発し、愛艇ブラック・ジャックを失い、旅の仲間たち全員と生き別れたことは、セッツァーの二十七年の人生で最大最悪の危機と言えるだろう。あんな目には二度と遭いたくはない。
そのほかにも、思いがけず凶悪なモンスターに遭遇したときや、飛空艇で荒れ狂う嵐の中をフライトしたときなど、枚挙に暇がない。
十代の頃には、賭場の大元に無鉄砲な勝負を吹っ掛け、身ぐるみ剥がされかけたこともある。
危機に見舞われやすい体質なのはギャンブラーの宿命か、はたまた世界最速の飛空艇乗りの宿命か。
——だが、今このとき、この瞬間の危機的状況は、これまでのそれとは一線を画していた。
これは紛れもなく、人生最大の失態だ——
セッツァーは一人、ベッドで頭を抱え悶絶した。
とにかく、思い出せない。
昨晩の記憶が、すっぽりと抜け落ちている。
「信じらんねえ。ここまで深酒しちまったのかよ……」
港町ニケアの宿の客室だ。
普段仲間たちと利用している大部屋ではなく、こじんまりとした一人部屋である。
小窓のカーテンの隙間から差し込む日差しは柔らかく、夜が明けてまだ間もない時間帯らしい。
壁際に置かれた丸テーブルの上には、空になった酒瓶が五本と、空いているグラスが二つ。その周囲には、トランプとチップが散乱している。
二脚ある椅子の片方にはセッツァーのベストやコートがぞんざいに掛けられている。
ここまでは良い。
問題は、もう片方の椅子の背もたれにぱらりと掛けられた、柔らかな素材の白いマントと鮮やかな赤色のワンピース——これはティナが探索に出ない休日に好んで着ている普段着だ。
つまり。
「……マジだ。夢じゃねえ……」
セミダブルのベッドの上で途方に暮れるセッツァーにぴったり寄り添い、ティナがすうすうと寝息をたてていた。
まさかと思い立ち、毛布をさっと捲り上げ、ティナの様子を確認する。
流石にセッツァーが想像したようなあられもない姿ではなく、宿に備え付けの大きいサイズの寝巻きをきちんと着て眠っていた。
きっと、恐らく、最悪のやらかしはしていない——
——そう思いたいところだが、ティナの姿に反してセッツァー本人の姿はと言うと、見事に上半身裸であった。
一応下には寝巻きのズボンを履いてはいるが、これはもう限りなく黒に近いグレーと見てもおかしくはない。
セッツァーは再び頭を抱え、ゆたかな銀髪を掻きむしった。
この状況は誰がどう見ても、“何かがあった男と女”である。
では、一体何があったのか?
セッツァーの最大の問題は、とにかく、思い出せないことだ。
昨夜何が起こって、何故このような状況に至ったのか、まるで思い出せない。
思い出そうと試みても、目の奥から後頭部にかけてまとわりつくような鈍痛に妨げられ上手くいかない。これは完全に、飲み過ぎによる二日酔いの症状だ。
要するに、文句なしの大失態である。
記憶を失うほど酒を喰らい、あろうことか旅の仲間であるいたいけな少女をベッドに連れ込むなど弁明の余地もない悪行だ。
酒は飲んでも飲まれるな、そんな常識中の常識が虚しく脳内でループする。
「駄目だ駄目だ。考えてても仕方ない、何とかしねえと」
セッツァーは現実逃避しつつある自らに喝を入れ、両手で自分の頬を二度三度と叩いた。
まずは服を着替えて、フロントにコーヒーを貰いに行こう。
ティナはまだ目を覚ましそうにないが、起こすのは自分が少しでも昨夜のことを思い出してからでも遅くない。
それはそれとして、この穏やかな寝顔の何と愛くるしいことだろう——
長袖のシャツに腕を通しながら、暫しセッツァーは眠り続けるティナに見惚れた。
澄んだグリーンの眼は伏せられ、長い睫毛が時折微かに揺れる。
トレードマークであるポニーテールは解かれ、その代わりに肩のあたりで緩くリボンを結んで纏めてある。
その細くふわふわとした緑色の毛束を指先で遊ばせながら、セッツァーはぼんやりと思った。
もうあれこれ考えるのは止めて、このまま彼女が目覚めるのを見守りたい。
この天使のような寝顔をずっと眺めていたい——
——またも現実逃避を始めたセッツァーの意識を引き戻したのは、客室のドアを乱暴にノックする音に続いて聞こえてきた、まさかの人物の声だった。
「セッツァ〜。俺だよ俺。ここに泊まってんだろー。入れてくれよ〜!」
「は?ロックか⁉︎」
間違いない。旅の仲間の自称トレジャーハンター、ロックだ。
よりにもよって何故ここに?たしかロックは昨日、セリスやカイエンたちとパーティーを組んで探索に出ていた筈だ。
アルブルグ辺りで宿泊するとも聞いていたが、一体なぜそこから離れたニケアにいるのだろうか。
「頼むよー、話を聞いてくれー。一生のお願いだよー」
冗談じゃない。今ここでロックを迎え入れて、ティナと鉢合わせたらどうなる?
セッツァーの記憶もあやふやなままでは、この状況について碌な説明も言い訳もできない。
ティナを酔わせて手を出したなどと誤解されるだけなら、まだマシなほうだ。
この特大拡声器野郎のことだ、話に尾鰭背鰭を付けまくったうえで今日中に旅の仲間全員に触れ回るに違いない。
かと言って、このまま寝たフリの居留守でやり過ごせるかと言えば、それも否だ。
ドアをノックする音はどんどん大きくなる。
公共の場である宿の廊下でこれ以上騒がれるのは、全くよろしくない。
なお悪いことに、セッツァーの背後から「うーん……」と小さな声が聞こえてきた。
このやかましいノック音と泣き声で、ティナが目を覚まし掛けている——
——完全に、地獄の袋小路だ。
「なあセッツァー、寝てんのかー?起ーきーてーくーれー」
「分かった、分かったから待ってろ、それ以上騒ぐんじゃねえ!」
セッツァーはドアの内側を一発殴り、ロックを黙らせた。
すぐさまベッドの方へ駆け寄ると、ティナが目を擦りながら起き上がりかけている。
どうするセッツァー・ギャッビアーニ、何とかしろ——
「ティナ……すまん」
「セッツァー……?」
「スリプル!」
セッツァーの手から白い霧がぼわんと発生するや、ティナは一言も発することなく二度目の深い眠りに落ちていった。
凄まじい罪悪感に苛まれるが、躊躇してはいられない。
セッツァーは眠るティナの頭の上まで毛布を引き上げて彼女の全身をすっぽりと隠し、部屋に備え付けのクッションや枕、自らの手荷物をベッドに並べてティナが毛布の中にいることが目立たないようカモフラージュした。
続けてテーブルの上に散らばるトランプを片付け、空いた酒瓶とグラスは適当に隅に寄せる。椅子の背もたれに掛けられたティナの服もクローゼットに仕舞い、ついでに姿見で自分の身なりをチェックした。
いつもの黒ズボンに、白のシャツ。
スカーフは無しで良いだろう。
小窓のカーテンを半分ほど開けば、照明は点けなくても十分明るい。
これで良し——
「おーい。まだか〜?」
「ッたく、朝っぱらから何だってんだ。他の部屋から苦情がくるぞ!」
「悪かったよォ〜。でも俺だって辛くて、しんどくて……」
毒づきながらドアを開くと、ロックが足をもつれさせながら入ってきた。
その姿の情けなさたるや、普段はきっちりと髪を纏めているバンダナは結び目が緩み、布の合わせ目から銀髪が寝癖の如くあちこちから飛び出している。
昨日から着替えていないらしいジャケットも皺が目立ち、何より目に付いたのは、一晩中泣き腫らしたのかというほどに真っ赤な目元であった。
「お前……寝てないのか?まさか夜通し飲み歩いてたのか」
セッツァーはひとまずロックを椅子に座らせて、水の入ったボトルを手渡した。
ロックは受け取ったボトルに早速口を付け、中身が半分ほど減ったところで再び涙声で言った。
「俺、もう駄目かもしれない」
「何がだよ」
「セリスに嫌われたーッ‼︎」
大絶叫とともにロックは立ち上がり、唖然としているセッツァーに縋り付いた。
「どうしてあなたいつもそうなのって怒鳴られて、宿を追い出されちまったんだ……俺はもう駄目だこの世の終わりだァ〜‼︎」
——ッたく、これだもんな。
おいおいと嘆くロックに見えないように、セッツァーは思いきり顔をしかめた。
こうなったら話すだけ話させて、キリの良いところで追い出すしかない。
「……成り行きは大体分かった。で?何をどうやってセリスをそこまで怒らせたんだ」
今すぐこの男の首根っこを掴んで蹴り出してやりたい衝動をぐっと堪え、セッツァーは辛抱強くロックの話を聞いた。
それは何のことはない、良くある痴話喧嘩だった。まさに“深刻なのは本人のみ”の典型と言って良い。
昨日探索をしている間から、ロックはセリスの機嫌を損ねるような言動を重ね続け、日が暮れて宿で休もうというところで最後の地雷を踏み抜き大爆発した、というのがおおまかな話であった。
それで、セリスのストレスゲージを溜めていた言動というのが——
「俺は良かれと思って言ってたんだけどなあ。セリスが好きなようにしてくれたら良いよって……」
『ロック。次はどの辺りに進んでみる?』
『んー?どこでも良いだろ、このメンツなら強いモンスターが出ても問題ないし』
『ねえ、ガウがお腹空いたみたい。一度キャンプで休憩しようと思うんだけど、場所は川沿いと森の中とどっちが良いかしら』
『セリスが好きなほうで良いよ』
つまり、こういうことだ。
どこに行くにも何をするにも、万事ロックは『任せる』『どっちでも良い』『セリスが決めてくれよ』。
そうして、セリスの最後の質問が
『今夜泊まる宿のことなんだけど』。
にこりともせず淡々と切り出してきたセリスに、少々疲れていたロックもぞんざいに応えたという。
『どこでも良いって!セリスに任せるから、適当に部屋取ってくれよ』
それが、ロックの命運を決める一言になった。
『分かったわ。それじゃあ、あなたは野宿ね。それともファルコンに戻るなり、他の街に行くなり、どうぞ”適当に“!』
『えっ!な、何言ってんのセリスちゃん!』
『宿が三部屋しか空いてなかったのよ!大部屋も塞がってるの!だから誰を同じ部屋にするか、みんなで場所を変えるかって相談したかったのに』
『な、な、なら始めからそう言ってくれたら……』
『何を聞いてもどこでも良い何でも良いお前に任せるって良い加減な返事しかしてくれないじゃない!どうしてあなたいつもそうなの?そういうところが、私は……!』
「…………。で、そっから言い合いになって、完膚なきまでに言い負かされて、泣きながら朝まで飲んだくれてたのか。夜通し街を転々として、わざわざ俺がいる宿まで探し当てて……。お前って奴は……」
呆れて物も言えないとは、このことである。
昨日の探索パーティーはロックとセリス、カイエン、ガウだ。
セリスとて年長者のカイエンに相談したいのは山々だろうが、彼は彼でガウの相手で手一杯だったのだろう。
ならば、セリスが個人的にも近しい間柄であるロックに相談するのは当然の流れに違いない。
にも関わらずロックは、である。
「分かってる。みなまで言うな!俺が悪い、全部俺のせいだァ……」
自業自得の極みだ。
レディからの質問に対してどっちでも良いで済ませるのは悪手だよと、どこぞの王様がエレガントに嗤う声さえ聞こえてくるようだ。
「ま、やっちまったことはどうしようもねえだろ。昼になったらさっさとセリスと合流して、土下座なり何なりするんだな」
「許してくれるかなあ……。セリスに捨てられたら、俺もう生きていけない……」
呂律も回らない弱々しい口調で言いながら、ロックがふらりと立ち上がった。
「お、おい。どうした」
「眠くなってきた。ちょっと横にならせてくれ」
「はあ!?待て!待てって、おい!」
やおらベッドに近付いたロックを、セッツァーは猛然と制止した。
冗談じゃない、このまま寝転んだりされたら大惨事だ。
「何だよ、どうしたんだよセッツァー」
凄まじい剣幕で止められ、流石に驚いたロックにセッツァーは懸命に言い訳を繕った。
「は……灰が、散らばってるんだ。寝起きに煙草吸ってたら、灰皿の灰をシーツにぶちまけちまって」
「え!そりゃまずいな」
苦しい言い訳を疑いもせず、ロックはベッドから離れた。ティナをカモフラージュしているクッションや枕のことも、特に気にも留めていない。
セッツァーは内心ほっと息を吐き、自らも椅子に座り直した。
だが、安心するには早過ぎた。
「じゃあ俺、フロントに声掛けてくるよ。シーツとか交換してもらったほうが良いだろ」
「ああ!?いや良いって、言わなくて良い!」
この野郎、とセッツァーは胸の中で罵った。
「俺もこの後出発するんだ、チェックのときにフロントに言うから良い。お前は何もするな!」
「あ、そう?なら良いけど」
「ッたく……こういう時は無駄に律儀なくせに、なんでセリスにはそういう気遣いができねえんだよ」
「それ言われると辛いなー。俺だってセリスのこと、雑に扱ってるつもりは全然ないんだけど……何て言うのかな。あいつとの間に波風立てたくなくて、無難な方に逃げちまうって言うか……」
肩を落とすロックを見ながら、セッツァーはふと我が身を振り返る。
女性からの質問にどっちでも良いと回答して怒らせるのは、ロックのみならず世の野郎どもが一度はやらかすエラーだろう。
そこには、いちいちそんなこと聞いてくれるなというぞんざいさもあれば、こちらが惚れている君の選択ならどちらを選んでも文句などあろう筈なしと諸手を挙げる感情が両立しているように思う。
「世界がこうなってから、あいつには心配かけたろ。あいつの事も仲間の事も探さずに、フェニックスのお宝探しに出たのは完全に俺の自分勝手だ。だからこれからは、なるべくあいつの望むことを最優先にしたいんだよ」
「だから何聞かれても“どっちでも良い”、か?」
「うー。いや、違うな。それとことは別!昨日の俺は本当に最低だった。あれは気遣いでも何でもなくて、良い加減な丸投げだった。猛省します」
セッツァーの茶化し方に両手を挙げて応えるロックの顔付きは、部屋に転がり込んできたときから比べると大分良くなったように見える。
思うさま泣き言を吐き出したお陰で、気持ちも頭もスッキリしたのだろう。
そろそろ本気で追い出しても良い頃合いかとセッツァーが思ったそのとき、ロックが言った。
「で、お前はどーなの」
「どうって、何がだよ」
「ティナのこと。まだ付き合ってないんだろ、お前ら」
「なに?」
反射的に大声が出てしまった。
何なんだ。何を言い出すんだ、突然。
「まだも何も、俺とあいつはお前が思ってるようなことは何もないぞ」
「そうなの?でも惚れてるんだろ、ティナに」
そう言いながら、ロックが視線をチラリとベッドに向けたのは気の所為だろうか。否、気の所為に違いない。
「お前な。朝っぱらから部屋に乗り込まれて、散々愚痴聞かされた挙句に訳の分かんねえこと言われる身にもなれよ!こっちはお前と違って、そういうことはだな……——」
語気荒く言い返しているうちに、しかしセッツァーは自分の頭の中に掛かっていた霧が晴れていくのを感じた。
寝起きの瞬間は碌に思い出せなかった、昨夜の出来事。
危機的状況を打開することに集中しすぎて、遠ざかっていた記憶が解凍されつつある。
反論の止まったセッツァーを見て何を思ったのか、ロックが「分かるよ」と言う。
「お前のことだから、そういう色恋沙汰に白黒つけたがらないのも分かる。相手もティナだしな……唐突に踏み込んだら困らせちまうのは目に見えてるもの」
「そんな大層なこと考えてるわけじゃねえよ。だが……」
一度きっかけがあれば、記憶は次々と鮮明に蘇るものである。
テーブルの上に散らばるトランプ。
ティナがオープンした手札は、それは見事な役が揃っている。
頬を仄かに染めたティナが嬉しそうに手を叩く。
それを見たセッツァーは、目の前のグラスを一気に飲み干してから言った。
——このままじゃ引き下がれねえな。もうひと勝負だ
——良いわよ、喜んで!何を賭けるの?
——それは……勝ってからのお楽しみだな
「……くそ。俺も、お前のこと悪く言えねえな」
「あらら。何か余計なこと思い出させた?」
「そうでもねえよ。だが……そうだな。惚れた弱みだのと腑抜けたことは言いたくねえが、がっかりさせちまうようなことはしたくえねもんだ」
椅子の背もたれに深々と背を預け、セッツァーがポケットから煙草とライターを取り出すのを見て、ロックがぽつりと言った。
「ティナは、セッツァーのこと好きだと思うよ」
「は?何を無責任な」
「はは!悪い悪い」
火を点けかけたライターを机にバンと置くと、ロックは笑いながら立ち上がった。
「邪魔したな。お陰で元気出たよ、悩める男子は俺だけじゃないってね」
「そいつは何よりだ。さっさと出てってセリスに土下座しろ」
「はいよー。それじゃあな」
ロックは手を振りながら、軽い足取りで部屋を出て行った。
十数分ぶりの静寂が訪れる。
セッツァーはふーっと大きく息を吐き、火を点けかけた煙草にもう一度手を伸ばした。
「……。疲れた……」
「——そうだ!ティナの話で思い出したんだけどさ」
「ああ!?」
心臓が止まるかと思った。
半分開けたドアから顔だけ覗かせて、ロックが一方的に話し出した。
「ティナに会ったらさ、アクセサリのリボン持ってるかどうか聞いといてくれない?俺はてっきりセリスが装備してると思ってたんだけど、昨日聞いたら持ってなくてさ。あれも貴重品だから、誰が持ってるか把握しときたくて。よろしく頼むよ、それじゃあなー」
セッツァーの返事も待たず、ロックはドアをばたんと閉めた。
足音も遠去かっていく。今度こそ、いなくなったらしい。
「何だってんだ、全く……。リボンだと?俺もティナも持ってないんじゃ……
——ん?」
ふと立ち止まり、ベッドのなかのティナの寝姿を思い出す。ティナは長い髪を、肩の辺りで緩く纏めていた——
「髪を……何で纏めてた?あれは……」
リボンだ。
間違いない。
リボンを持っていたのはティナだ。
それを身につけているということは、全てのステータス異常が彼女には効かないということだ。
つまり、セッツァーが詠唱したスリプルも——
「セッツァー」
「…………。ティナ」
恐る恐る振り返る。
ティナがベッドから起き上がり、不安げな表情でこちらを見つめていた。
危機的状況は、ここからが本番である。
続
たとえば、魔大陸からの脱出に端を発し、愛艇ブラック・ジャックを失い、旅の仲間たち全員と生き別れたことは、セッツァーの二十七年の人生で最大最悪の危機と言えるだろう。あんな目には二度と遭いたくはない。
そのほかにも、思いがけず凶悪なモンスターに遭遇したときや、飛空艇で荒れ狂う嵐の中をフライトしたときなど、枚挙に暇がない。
十代の頃には、賭場の大元に無鉄砲な勝負を吹っ掛け、身ぐるみ剥がされかけたこともある。
危機に見舞われやすい体質なのはギャンブラーの宿命か、はたまた世界最速の飛空艇乗りの宿命か。
——だが、今このとき、この瞬間の危機的状況は、これまでのそれとは一線を画していた。
これは紛れもなく、人生最大の失態だ——
セッツァーは一人、ベッドで頭を抱え悶絶した。
とにかく、思い出せない。
昨晩の記憶が、すっぽりと抜け落ちている。
「信じらんねえ。ここまで深酒しちまったのかよ……」
港町ニケアの宿の客室だ。
普段仲間たちと利用している大部屋ではなく、こじんまりとした一人部屋である。
小窓のカーテンの隙間から差し込む日差しは柔らかく、夜が明けてまだ間もない時間帯らしい。
壁際に置かれた丸テーブルの上には、空になった酒瓶が五本と、空いているグラスが二つ。その周囲には、トランプとチップが散乱している。
二脚ある椅子の片方にはセッツァーのベストやコートがぞんざいに掛けられている。
ここまでは良い。
問題は、もう片方の椅子の背もたれにぱらりと掛けられた、柔らかな素材の白いマントと鮮やかな赤色のワンピース——これはティナが探索に出ない休日に好んで着ている普段着だ。
つまり。
「……マジだ。夢じゃねえ……」
セミダブルのベッドの上で途方に暮れるセッツァーにぴったり寄り添い、ティナがすうすうと寝息をたてていた。
まさかと思い立ち、毛布をさっと捲り上げ、ティナの様子を確認する。
流石にセッツァーが想像したようなあられもない姿ではなく、宿に備え付けの大きいサイズの寝巻きをきちんと着て眠っていた。
きっと、恐らく、最悪のやらかしはしていない——
——そう思いたいところだが、ティナの姿に反してセッツァー本人の姿はと言うと、見事に上半身裸であった。
一応下には寝巻きのズボンを履いてはいるが、これはもう限りなく黒に近いグレーと見てもおかしくはない。
セッツァーは再び頭を抱え、ゆたかな銀髪を掻きむしった。
この状況は誰がどう見ても、“何かがあった男と女”である。
では、一体何があったのか?
セッツァーの最大の問題は、とにかく、思い出せないことだ。
昨夜何が起こって、何故このような状況に至ったのか、まるで思い出せない。
思い出そうと試みても、目の奥から後頭部にかけてまとわりつくような鈍痛に妨げられ上手くいかない。これは完全に、飲み過ぎによる二日酔いの症状だ。
要するに、文句なしの大失態である。
記憶を失うほど酒を喰らい、あろうことか旅の仲間であるいたいけな少女をベッドに連れ込むなど弁明の余地もない悪行だ。
酒は飲んでも飲まれるな、そんな常識中の常識が虚しく脳内でループする。
「駄目だ駄目だ。考えてても仕方ない、何とかしねえと」
セッツァーは現実逃避しつつある自らに喝を入れ、両手で自分の頬を二度三度と叩いた。
まずは服を着替えて、フロントにコーヒーを貰いに行こう。
ティナはまだ目を覚ましそうにないが、起こすのは自分が少しでも昨夜のことを思い出してからでも遅くない。
それはそれとして、この穏やかな寝顔の何と愛くるしいことだろう——
長袖のシャツに腕を通しながら、暫しセッツァーは眠り続けるティナに見惚れた。
澄んだグリーンの眼は伏せられ、長い睫毛が時折微かに揺れる。
トレードマークであるポニーテールは解かれ、その代わりに肩のあたりで緩くリボンを結んで纏めてある。
その細くふわふわとした緑色の毛束を指先で遊ばせながら、セッツァーはぼんやりと思った。
もうあれこれ考えるのは止めて、このまま彼女が目覚めるのを見守りたい。
この天使のような寝顔をずっと眺めていたい——
——またも現実逃避を始めたセッツァーの意識を引き戻したのは、客室のドアを乱暴にノックする音に続いて聞こえてきた、まさかの人物の声だった。
「セッツァ〜。俺だよ俺。ここに泊まってんだろー。入れてくれよ〜!」
「は?ロックか⁉︎」
間違いない。旅の仲間の自称トレジャーハンター、ロックだ。
よりにもよって何故ここに?たしかロックは昨日、セリスやカイエンたちとパーティーを組んで探索に出ていた筈だ。
アルブルグ辺りで宿泊するとも聞いていたが、一体なぜそこから離れたニケアにいるのだろうか。
「頼むよー、話を聞いてくれー。一生のお願いだよー」
冗談じゃない。今ここでロックを迎え入れて、ティナと鉢合わせたらどうなる?
セッツァーの記憶もあやふやなままでは、この状況について碌な説明も言い訳もできない。
ティナを酔わせて手を出したなどと誤解されるだけなら、まだマシなほうだ。
この特大拡声器野郎のことだ、話に尾鰭背鰭を付けまくったうえで今日中に旅の仲間全員に触れ回るに違いない。
かと言って、このまま寝たフリの居留守でやり過ごせるかと言えば、それも否だ。
ドアをノックする音はどんどん大きくなる。
公共の場である宿の廊下でこれ以上騒がれるのは、全くよろしくない。
なお悪いことに、セッツァーの背後から「うーん……」と小さな声が聞こえてきた。
このやかましいノック音と泣き声で、ティナが目を覚まし掛けている——
——完全に、地獄の袋小路だ。
「なあセッツァー、寝てんのかー?起ーきーてーくーれー」
「分かった、分かったから待ってろ、それ以上騒ぐんじゃねえ!」
セッツァーはドアの内側を一発殴り、ロックを黙らせた。
すぐさまベッドの方へ駆け寄ると、ティナが目を擦りながら起き上がりかけている。
どうするセッツァー・ギャッビアーニ、何とかしろ——
「ティナ……すまん」
「セッツァー……?」
「スリプル!」
セッツァーの手から白い霧がぼわんと発生するや、ティナは一言も発することなく二度目の深い眠りに落ちていった。
凄まじい罪悪感に苛まれるが、躊躇してはいられない。
セッツァーは眠るティナの頭の上まで毛布を引き上げて彼女の全身をすっぽりと隠し、部屋に備え付けのクッションや枕、自らの手荷物をベッドに並べてティナが毛布の中にいることが目立たないようカモフラージュした。
続けてテーブルの上に散らばるトランプを片付け、空いた酒瓶とグラスは適当に隅に寄せる。椅子の背もたれに掛けられたティナの服もクローゼットに仕舞い、ついでに姿見で自分の身なりをチェックした。
いつもの黒ズボンに、白のシャツ。
スカーフは無しで良いだろう。
小窓のカーテンを半分ほど開けば、照明は点けなくても十分明るい。
これで良し——
「おーい。まだか〜?」
「ッたく、朝っぱらから何だってんだ。他の部屋から苦情がくるぞ!」
「悪かったよォ〜。でも俺だって辛くて、しんどくて……」
毒づきながらドアを開くと、ロックが足をもつれさせながら入ってきた。
その姿の情けなさたるや、普段はきっちりと髪を纏めているバンダナは結び目が緩み、布の合わせ目から銀髪が寝癖の如くあちこちから飛び出している。
昨日から着替えていないらしいジャケットも皺が目立ち、何より目に付いたのは、一晩中泣き腫らしたのかというほどに真っ赤な目元であった。
「お前……寝てないのか?まさか夜通し飲み歩いてたのか」
セッツァーはひとまずロックを椅子に座らせて、水の入ったボトルを手渡した。
ロックは受け取ったボトルに早速口を付け、中身が半分ほど減ったところで再び涙声で言った。
「俺、もう駄目かもしれない」
「何がだよ」
「セリスに嫌われたーッ‼︎」
大絶叫とともにロックは立ち上がり、唖然としているセッツァーに縋り付いた。
「どうしてあなたいつもそうなのって怒鳴られて、宿を追い出されちまったんだ……俺はもう駄目だこの世の終わりだァ〜‼︎」
——ッたく、これだもんな。
おいおいと嘆くロックに見えないように、セッツァーは思いきり顔をしかめた。
こうなったら話すだけ話させて、キリの良いところで追い出すしかない。
「……成り行きは大体分かった。で?何をどうやってセリスをそこまで怒らせたんだ」
今すぐこの男の首根っこを掴んで蹴り出してやりたい衝動をぐっと堪え、セッツァーは辛抱強くロックの話を聞いた。
それは何のことはない、良くある痴話喧嘩だった。まさに“深刻なのは本人のみ”の典型と言って良い。
昨日探索をしている間から、ロックはセリスの機嫌を損ねるような言動を重ね続け、日が暮れて宿で休もうというところで最後の地雷を踏み抜き大爆発した、というのがおおまかな話であった。
それで、セリスのストレスゲージを溜めていた言動というのが——
「俺は良かれと思って言ってたんだけどなあ。セリスが好きなようにしてくれたら良いよって……」
『ロック。次はどの辺りに進んでみる?』
『んー?どこでも良いだろ、このメンツなら強いモンスターが出ても問題ないし』
『ねえ、ガウがお腹空いたみたい。一度キャンプで休憩しようと思うんだけど、場所は川沿いと森の中とどっちが良いかしら』
『セリスが好きなほうで良いよ』
つまり、こういうことだ。
どこに行くにも何をするにも、万事ロックは『任せる』『どっちでも良い』『セリスが決めてくれよ』。
そうして、セリスの最後の質問が
『今夜泊まる宿のことなんだけど』。
にこりともせず淡々と切り出してきたセリスに、少々疲れていたロックもぞんざいに応えたという。
『どこでも良いって!セリスに任せるから、適当に部屋取ってくれよ』
それが、ロックの命運を決める一言になった。
『分かったわ。それじゃあ、あなたは野宿ね。それともファルコンに戻るなり、他の街に行くなり、どうぞ”適当に“!』
『えっ!な、何言ってんのセリスちゃん!』
『宿が三部屋しか空いてなかったのよ!大部屋も塞がってるの!だから誰を同じ部屋にするか、みんなで場所を変えるかって相談したかったのに』
『な、な、なら始めからそう言ってくれたら……』
『何を聞いてもどこでも良い何でも良いお前に任せるって良い加減な返事しかしてくれないじゃない!どうしてあなたいつもそうなの?そういうところが、私は……!』
「…………。で、そっから言い合いになって、完膚なきまでに言い負かされて、泣きながら朝まで飲んだくれてたのか。夜通し街を転々として、わざわざ俺がいる宿まで探し当てて……。お前って奴は……」
呆れて物も言えないとは、このことである。
昨日の探索パーティーはロックとセリス、カイエン、ガウだ。
セリスとて年長者のカイエンに相談したいのは山々だろうが、彼は彼でガウの相手で手一杯だったのだろう。
ならば、セリスが個人的にも近しい間柄であるロックに相談するのは当然の流れに違いない。
にも関わらずロックは、である。
「分かってる。みなまで言うな!俺が悪い、全部俺のせいだァ……」
自業自得の極みだ。
レディからの質問に対してどっちでも良いで済ませるのは悪手だよと、どこぞの王様がエレガントに嗤う声さえ聞こえてくるようだ。
「ま、やっちまったことはどうしようもねえだろ。昼になったらさっさとセリスと合流して、土下座なり何なりするんだな」
「許してくれるかなあ……。セリスに捨てられたら、俺もう生きていけない……」
呂律も回らない弱々しい口調で言いながら、ロックがふらりと立ち上がった。
「お、おい。どうした」
「眠くなってきた。ちょっと横にならせてくれ」
「はあ!?待て!待てって、おい!」
やおらベッドに近付いたロックを、セッツァーは猛然と制止した。
冗談じゃない、このまま寝転んだりされたら大惨事だ。
「何だよ、どうしたんだよセッツァー」
凄まじい剣幕で止められ、流石に驚いたロックにセッツァーは懸命に言い訳を繕った。
「は……灰が、散らばってるんだ。寝起きに煙草吸ってたら、灰皿の灰をシーツにぶちまけちまって」
「え!そりゃまずいな」
苦しい言い訳を疑いもせず、ロックはベッドから離れた。ティナをカモフラージュしているクッションや枕のことも、特に気にも留めていない。
セッツァーは内心ほっと息を吐き、自らも椅子に座り直した。
だが、安心するには早過ぎた。
「じゃあ俺、フロントに声掛けてくるよ。シーツとか交換してもらったほうが良いだろ」
「ああ!?いや良いって、言わなくて良い!」
この野郎、とセッツァーは胸の中で罵った。
「俺もこの後出発するんだ、チェックのときにフロントに言うから良い。お前は何もするな!」
「あ、そう?なら良いけど」
「ッたく……こういう時は無駄に律儀なくせに、なんでセリスにはそういう気遣いができねえんだよ」
「それ言われると辛いなー。俺だってセリスのこと、雑に扱ってるつもりは全然ないんだけど……何て言うのかな。あいつとの間に波風立てたくなくて、無難な方に逃げちまうって言うか……」
肩を落とすロックを見ながら、セッツァーはふと我が身を振り返る。
女性からの質問にどっちでも良いと回答して怒らせるのは、ロックのみならず世の野郎どもが一度はやらかすエラーだろう。
そこには、いちいちそんなこと聞いてくれるなというぞんざいさもあれば、こちらが惚れている君の選択ならどちらを選んでも文句などあろう筈なしと諸手を挙げる感情が両立しているように思う。
「世界がこうなってから、あいつには心配かけたろ。あいつの事も仲間の事も探さずに、フェニックスのお宝探しに出たのは完全に俺の自分勝手だ。だからこれからは、なるべくあいつの望むことを最優先にしたいんだよ」
「だから何聞かれても“どっちでも良い”、か?」
「うー。いや、違うな。それとことは別!昨日の俺は本当に最低だった。あれは気遣いでも何でもなくて、良い加減な丸投げだった。猛省します」
セッツァーの茶化し方に両手を挙げて応えるロックの顔付きは、部屋に転がり込んできたときから比べると大分良くなったように見える。
思うさま泣き言を吐き出したお陰で、気持ちも頭もスッキリしたのだろう。
そろそろ本気で追い出しても良い頃合いかとセッツァーが思ったそのとき、ロックが言った。
「で、お前はどーなの」
「どうって、何がだよ」
「ティナのこと。まだ付き合ってないんだろ、お前ら」
「なに?」
反射的に大声が出てしまった。
何なんだ。何を言い出すんだ、突然。
「まだも何も、俺とあいつはお前が思ってるようなことは何もないぞ」
「そうなの?でも惚れてるんだろ、ティナに」
そう言いながら、ロックが視線をチラリとベッドに向けたのは気の所為だろうか。否、気の所為に違いない。
「お前な。朝っぱらから部屋に乗り込まれて、散々愚痴聞かされた挙句に訳の分かんねえこと言われる身にもなれよ!こっちはお前と違って、そういうことはだな……——」
語気荒く言い返しているうちに、しかしセッツァーは自分の頭の中に掛かっていた霧が晴れていくのを感じた。
寝起きの瞬間は碌に思い出せなかった、昨夜の出来事。
危機的状況を打開することに集中しすぎて、遠ざかっていた記憶が解凍されつつある。
反論の止まったセッツァーを見て何を思ったのか、ロックが「分かるよ」と言う。
「お前のことだから、そういう色恋沙汰に白黒つけたがらないのも分かる。相手もティナだしな……唐突に踏み込んだら困らせちまうのは目に見えてるもの」
「そんな大層なこと考えてるわけじゃねえよ。だが……」
一度きっかけがあれば、記憶は次々と鮮明に蘇るものである。
テーブルの上に散らばるトランプ。
ティナがオープンした手札は、それは見事な役が揃っている。
頬を仄かに染めたティナが嬉しそうに手を叩く。
それを見たセッツァーは、目の前のグラスを一気に飲み干してから言った。
——このままじゃ引き下がれねえな。もうひと勝負だ
——良いわよ、喜んで!何を賭けるの?
——それは……勝ってからのお楽しみだな
「……くそ。俺も、お前のこと悪く言えねえな」
「あらら。何か余計なこと思い出させた?」
「そうでもねえよ。だが……そうだな。惚れた弱みだのと腑抜けたことは言いたくねえが、がっかりさせちまうようなことはしたくえねもんだ」
椅子の背もたれに深々と背を預け、セッツァーがポケットから煙草とライターを取り出すのを見て、ロックがぽつりと言った。
「ティナは、セッツァーのこと好きだと思うよ」
「は?何を無責任な」
「はは!悪い悪い」
火を点けかけたライターを机にバンと置くと、ロックは笑いながら立ち上がった。
「邪魔したな。お陰で元気出たよ、悩める男子は俺だけじゃないってね」
「そいつは何よりだ。さっさと出てってセリスに土下座しろ」
「はいよー。それじゃあな」
ロックは手を振りながら、軽い足取りで部屋を出て行った。
十数分ぶりの静寂が訪れる。
セッツァーはふーっと大きく息を吐き、火を点けかけた煙草にもう一度手を伸ばした。
「……。疲れた……」
「——そうだ!ティナの話で思い出したんだけどさ」
「ああ!?」
心臓が止まるかと思った。
半分開けたドアから顔だけ覗かせて、ロックが一方的に話し出した。
「ティナに会ったらさ、アクセサリのリボン持ってるかどうか聞いといてくれない?俺はてっきりセリスが装備してると思ってたんだけど、昨日聞いたら持ってなくてさ。あれも貴重品だから、誰が持ってるか把握しときたくて。よろしく頼むよ、それじゃあなー」
セッツァーの返事も待たず、ロックはドアをばたんと閉めた。
足音も遠去かっていく。今度こそ、いなくなったらしい。
「何だってんだ、全く……。リボンだと?俺もティナも持ってないんじゃ……
——ん?」
ふと立ち止まり、ベッドのなかのティナの寝姿を思い出す。ティナは長い髪を、肩の辺りで緩く纏めていた——
「髪を……何で纏めてた?あれは……」
リボンだ。
間違いない。
リボンを持っていたのはティナだ。
それを身につけているということは、全てのステータス異常が彼女には効かないということだ。
つまり、セッツァーが詠唱したスリプルも——
「セッツァー」
「…………。ティナ」
恐る恐る振り返る。
ティナがベッドから起き上がり、不安げな表情でこちらを見つめていた。
危機的状況は、ここからが本番である。
続
