現パロ俳優ジェフティナ第3話冒頭
公開 2024/05/20 19:39
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七年前。
ある蒸し暑い夏の夜に、その事故は起こった。
劇団モブリズの経営者・マディンが運転する自家用車が見通しの良い国道を走行中、交差点で信号無視の軽ワゴンに衝突され大破。
マディンも、助手席に同乗していた妻マドリーヌも即死であった。
軽ワゴンを運転していた男はその場から逃走、現在も捕まっていない。
当時人気絶頂であった女優ティナ・Bの所属する劇団に訪れた突然の悲劇は複数の週刊誌やワイドショーに取り上げられ、世間の同情を呼んだ。
やがてそのニュースが沈静化して間もなく、ティナ・Bの名は再び各メディアのトップ項目を飾ることになる。
『女優ティナ・B、二十歳の決断。劇団モブリズからベクタ総業へ電撃移籍——』
痛ましい事故から半年足らずの移籍は様々な憶測を呼んだものの、どのメディアも深入りを避け、事実を淡々と伝えるのみに留まった。
その後、女優ティナ・Bのドラマや映画、広告への出演数は激減。
彼女の足跡は表舞台から遠去かっていった……
「七年前……七年前、ねえ……ああ、ちょうど私がリターナープロから退職した年だわ。道理で……」
閉店後のカフェ・ファルコンのカウンターに広げたファイルを眺め、ダリルは溜息を吐いた。
ロックから拝借したこのファイルには、七年前の芸能関係者が関わった事件や事故、不祥事を含めた報道記事がスクラップされている。
中でも大きな付箋が付けられた記事を幾度となく読み返し、ダリルは手にしていた煙草を力任せに灰皿に押し付けた。
「どう見てもタイミングが良すぎるじゃないの。だけど、いくらベクタと言ったってそこまでのことは——」
独り言が終わらぬうちに、ダリルの背後でドアベルが鳴った。
closedの札の提げられたガラス扉をゆっくりと開き、その客人はダリルに向かって手を挙げた。
「遅くなってすまんな。少々立て込んでおった」
「お疲れ様、社長。こちらこそごめんなさいね、忙しいのにお呼びたてしちゃって」
社長と呼ばれた初老の客人——
——かつてダリルも勤めていた大手芸能事務所リターナープロの社長・バナンにカウンター席を勧めつつ、ダリルは立ち上がりお茶の支度を始めた。
バナン用にグリーンティと、自分用にエスプレッソを淹れる。
その間バナンは、店の壁を飾るヴィンテージのレコードジャケットや、大きく引き伸ばされた風景写真を眺めていた。
「それ。良い写真でしょう」
バナンが一枚の風景写真に視線を止めたのを見て取り、ダリルが言った。
「ウチのバイト君が家族旅行に行ったときに撮ったんですってよ」
それは、広大な砂漠の写真だ。
鮮やかな青空の下に雄大な砂丘が隆起する風景を収めた一枚で、見ているこちらにまで砂漠の熱風を感じさせる迫力ある構図だ。
「ほう……見事なものだ。たしか、エドガー君と言ったかな?彼はカメラも嗜むのか」
バナンは愉快そうに目を細め、カウンター脇のマガジンラックに視線を移した。
そこに並んでいるのは、エドガーがモデルとして登場する女性誌の数々だ。
「セッツァーが見込んでいる、俳優の卵……確かに素材は十分らしいのう。演技の方で、もう一つ二つ壁を越えることができれば、すぐにでもデビューできそうなものだが……。それで、彼は今日は不在かな」
「そ、今日はお休み。デートですって、ニクいわよねえ。憧れの人と二人で、この劇を観に行くってはしゃいじゃって」
ダリルは面白そうに笑いながら、バナンの前にグリーンティーの入った湯呑みと、一枚のリーフレットを差し出した。
『劇団モブリズ出張公演!』と書かれた色鮮やかなロゴをバックに、主演らしき少年がポーズを決めている。
「おお、劇団モブリズか。ここからデビューする子役は本当に優秀な子ばかりで、次はどんなスターが生まれるかと楽しみにしておるよ」
「……社長もお付き合いがあったんでしょう。マディンさん達と」
ダリルはカウンター席に腰掛け、右隣のバナンに訊ねた。
バナンはひととき眼を伏せ、残念そうに応える。
「ああ……。それは心優しいご夫婦だった。モブリズは地方の小劇団ではあるが、お二人の人柄や指導方針に惹かれて遠方からでも入門する若手は絶えなかった。あんな事故さえ起こらなければと、悔やんでも悔やみきれん」
言葉が終わるのを待って、ダリルはバナンの前に七年前の記事がスクラップされたファイルを差し出した。
それらの記事を一瞥し、バナンは何かを察したように顎髭に手をやった。
「そうか。それで、先日の電話の件……というわけか」
「そう。ご夫妻が亡くなったその年のうちに、ティナ・Bはベクタに移籍しているの。珍しいケースだし、よっぽど好待遇を受けていたのかと思いきや、そんなことはまるで無かったみたいで——」
ダリルはバナンに、ここまでの成り行きを有り体に説明した。
ティナが初めてファルコンにやって来た時のこと。
同伴のケフカというマネージャーはティナに対して人前であっても罵詈雑言を吐き散らし、とても自社のタレントとして大切に扱っているようには見えなかったこと。
七年前の事故でマディン夫妻を喪い、運営面などで困窮していたモブリズに助け舟を出す形で、ベクタ総業がティナの移籍の話を持ち掛けたこと——
「——助け舟、なんてそんな美談には全く思えないのよ。大体、地方の小劇団をあのベクタが支援するなんてこと自体が違和感しか感じない。奴らにとってのリターンは何?本当の目的って……?」
「目的は、ティナだろうな。トップスターの仲間入りを果たしたティナを自社のタレントに抱き込むことこそが連中の狙い、リターンなのだ。つまり」
バナンは七年前の死亡事故の記事に人差し指を向け、はっきりと断言した。
「モブリズが困窮しているから支援したのではない。最終的にティナを自分たちの会社に移籍させるために、モブリズを困窮させたのだ」
「まさか。それじゃあ」
マディン夫妻の自家用車に衝突した、信号無視の軽ワゴン。
その運転手は、いまだ捕まっていない——
「この事故も、ベクタ総業が……?」
「信じがたいことだがな。しかし、あの会社は目的のためなら手段を選ばん。自社のタレントに大口の仕事を取らせるために、競合のタレントを裏で潰すようなこともやってのける連中だ」
「ライバル会社の所属タレントに暴行を……ああ、ロックも言ってたわ」
「うむ。実は、ティナがベクタに移籍して間もない頃にも、そのような騒動が起こってな」
バナンは懐から革の表紙の手帳を取り出し、中程のページを開きながら言った。
ある蒸し暑い夏の夜に、その事故は起こった。
劇団モブリズの経営者・マディンが運転する自家用車が見通しの良い国道を走行中、交差点で信号無視の軽ワゴンに衝突され大破。
マディンも、助手席に同乗していた妻マドリーヌも即死であった。
軽ワゴンを運転していた男はその場から逃走、現在も捕まっていない。
当時人気絶頂であった女優ティナ・Bの所属する劇団に訪れた突然の悲劇は複数の週刊誌やワイドショーに取り上げられ、世間の同情を呼んだ。
やがてそのニュースが沈静化して間もなく、ティナ・Bの名は再び各メディアのトップ項目を飾ることになる。
『女優ティナ・B、二十歳の決断。劇団モブリズからベクタ総業へ電撃移籍——』
痛ましい事故から半年足らずの移籍は様々な憶測を呼んだものの、どのメディアも深入りを避け、事実を淡々と伝えるのみに留まった。
その後、女優ティナ・Bのドラマや映画、広告への出演数は激減。
彼女の足跡は表舞台から遠去かっていった……
「七年前……七年前、ねえ……ああ、ちょうど私がリターナープロから退職した年だわ。道理で……」
閉店後のカフェ・ファルコンのカウンターに広げたファイルを眺め、ダリルは溜息を吐いた。
ロックから拝借したこのファイルには、七年前の芸能関係者が関わった事件や事故、不祥事を含めた報道記事がスクラップされている。
中でも大きな付箋が付けられた記事を幾度となく読み返し、ダリルは手にしていた煙草を力任せに灰皿に押し付けた。
「どう見てもタイミングが良すぎるじゃないの。だけど、いくらベクタと言ったってそこまでのことは——」
独り言が終わらぬうちに、ダリルの背後でドアベルが鳴った。
closedの札の提げられたガラス扉をゆっくりと開き、その客人はダリルに向かって手を挙げた。
「遅くなってすまんな。少々立て込んでおった」
「お疲れ様、社長。こちらこそごめんなさいね、忙しいのにお呼びたてしちゃって」
社長と呼ばれた初老の客人——
——かつてダリルも勤めていた大手芸能事務所リターナープロの社長・バナンにカウンター席を勧めつつ、ダリルは立ち上がりお茶の支度を始めた。
バナン用にグリーンティと、自分用にエスプレッソを淹れる。
その間バナンは、店の壁を飾るヴィンテージのレコードジャケットや、大きく引き伸ばされた風景写真を眺めていた。
「それ。良い写真でしょう」
バナンが一枚の風景写真に視線を止めたのを見て取り、ダリルが言った。
「ウチのバイト君が家族旅行に行ったときに撮ったんですってよ」
それは、広大な砂漠の写真だ。
鮮やかな青空の下に雄大な砂丘が隆起する風景を収めた一枚で、見ているこちらにまで砂漠の熱風を感じさせる迫力ある構図だ。
「ほう……見事なものだ。たしか、エドガー君と言ったかな?彼はカメラも嗜むのか」
バナンは愉快そうに目を細め、カウンター脇のマガジンラックに視線を移した。
そこに並んでいるのは、エドガーがモデルとして登場する女性誌の数々だ。
「セッツァーが見込んでいる、俳優の卵……確かに素材は十分らしいのう。演技の方で、もう一つ二つ壁を越えることができれば、すぐにでもデビューできそうなものだが……。それで、彼は今日は不在かな」
「そ、今日はお休み。デートですって、ニクいわよねえ。憧れの人と二人で、この劇を観に行くってはしゃいじゃって」
ダリルは面白そうに笑いながら、バナンの前にグリーンティーの入った湯呑みと、一枚のリーフレットを差し出した。
『劇団モブリズ出張公演!』と書かれた色鮮やかなロゴをバックに、主演らしき少年がポーズを決めている。
「おお、劇団モブリズか。ここからデビューする子役は本当に優秀な子ばかりで、次はどんなスターが生まれるかと楽しみにしておるよ」
「……社長もお付き合いがあったんでしょう。マディンさん達と」
ダリルはカウンター席に腰掛け、右隣のバナンに訊ねた。
バナンはひととき眼を伏せ、残念そうに応える。
「ああ……。それは心優しいご夫婦だった。モブリズは地方の小劇団ではあるが、お二人の人柄や指導方針に惹かれて遠方からでも入門する若手は絶えなかった。あんな事故さえ起こらなければと、悔やんでも悔やみきれん」
言葉が終わるのを待って、ダリルはバナンの前に七年前の記事がスクラップされたファイルを差し出した。
それらの記事を一瞥し、バナンは何かを察したように顎髭に手をやった。
「そうか。それで、先日の電話の件……というわけか」
「そう。ご夫妻が亡くなったその年のうちに、ティナ・Bはベクタに移籍しているの。珍しいケースだし、よっぽど好待遇を受けていたのかと思いきや、そんなことはまるで無かったみたいで——」
ダリルはバナンに、ここまでの成り行きを有り体に説明した。
ティナが初めてファルコンにやって来た時のこと。
同伴のケフカというマネージャーはティナに対して人前であっても罵詈雑言を吐き散らし、とても自社のタレントとして大切に扱っているようには見えなかったこと。
七年前の事故でマディン夫妻を喪い、運営面などで困窮していたモブリズに助け舟を出す形で、ベクタ総業がティナの移籍の話を持ち掛けたこと——
「——助け舟、なんてそんな美談には全く思えないのよ。大体、地方の小劇団をあのベクタが支援するなんてこと自体が違和感しか感じない。奴らにとってのリターンは何?本当の目的って……?」
「目的は、ティナだろうな。トップスターの仲間入りを果たしたティナを自社のタレントに抱き込むことこそが連中の狙い、リターンなのだ。つまり」
バナンは七年前の死亡事故の記事に人差し指を向け、はっきりと断言した。
「モブリズが困窮しているから支援したのではない。最終的にティナを自分たちの会社に移籍させるために、モブリズを困窮させたのだ」
「まさか。それじゃあ」
マディン夫妻の自家用車に衝突した、信号無視の軽ワゴン。
その運転手は、いまだ捕まっていない——
「この事故も、ベクタ総業が……?」
「信じがたいことだがな。しかし、あの会社は目的のためなら手段を選ばん。自社のタレントに大口の仕事を取らせるために、競合のタレントを裏で潰すようなこともやってのける連中だ」
「ライバル会社の所属タレントに暴行を……ああ、ロックも言ってたわ」
「うむ。実は、ティナがベクタに移籍して間もない頃にも、そのような騒動が起こってな」
バナンは懐から革の表紙の手帳を取り出し、中程のページを開きながら言った。
